Studio Tommeg ブログ

自然から受けたインスピレーションを大切にモノ作りをしています。

アメリカで手術 当日

とうとう迎えた2月11日、手術の当日です。

日帰り手術ですが、麻酔をかけるので自分で車運転して帰ると言うわけにはいきません。
万が一のことを考えてTomoが休みを取り、一日付き合ってくれました。

ここ数日は立っていることも、座ること、横になること
何もかもが激痛で脳の電源をオフにしてしまいたいとそればかり考えていました。
だから全身麻酔をかけることも、もしそのまま目が覚めなくてもこの激痛の日々が
終わるならそれはそれでいいと「万が一」のことが希望に思えてくるほど
心は疲れていました。

「箸より重たい物は持ったことがない」なんて例えがありますが
この頃の私は箸を持つのも激痛だったんです。腰が痛いのに?
そうなんです、人間の筋って繋がっているんですよね、ちょっとした動きでも
お尻の筋肉って使っているんです。


ま、そんな変な希望もあり(笑)、恐怖心や不安はない私と
「万が一」が心配でならないTomoが到着したのは予定より少し前の時間。

いつも通っていたアレルギー科や脳外科のあるメディカルセンターではなく
メインの建物の受付へ。案内され二階へ。
そこでTomoはiPhone2個分位のUFOみたいな呼出装置を渡され
私は手術準備室へ案内されました。 


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↑患者の状況はこのモニターに表示され、家族にだけ分かるようになっています。


奥行きがある広い部屋は真ん中にベッドがターンできるくらいの幅の通路があり
その両側に壁で仕切られた個室がズラッと並んでいます。 

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 ↑ 朝見送ってくれたGIULIAと、その手術準備室

 術衣に着替えてねと手渡されたのはペラッペラの浴衣のようなもので
着方を確認したら背面で紐を結ぶタイプだった。

ちなみに紐を結んでも布は交差しないのでパンツも履いていないお尻が
丸見えになっています。で、知人はこれを前結びに着てしまい
布団をかぶってベッドで待っていたら担当の看護師さんがラインを取る際
確認しようと布団をめくって絶叫されたそうです(笑)

ちゃんと確認しておいて良かった。

着替えが終わると本人確認担当の人、保険を確認する人、既往症を確認する人
採血の結果を報告に来る人、と、また細分化された担当者が次々に来て
あれこれサインしたり・・・思いの外時間がかかります。




そして、もう手術室に行くのかな?と思った頃、ラインを取りにまた別の
看護師さんが来ました。まだ新人なのか緊張した感じだったので、
リラックスよ〜と私が声をかけ、、、と、「Oh!」
見ると腕から血がピューっと(笑)

血まみれの腕や床を見たらTomoが倒れちゃうと思ったのでお掃除してもらい
なんとかライン取りも完了。この時すでに安定剤の投与が始まっています。

そんなこんなで準備ができたのでTomoが呼ばれ準備室の私のベッドへ
やってきました。




手術部位の確認、アレルギー科からは薬などのアレルギーの確認が行われ
麻酔科医が来て麻酔の導入が始まりました。この時にはじめて全身麻酔で
あることを知りました。

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↑事前説明なかったので。 

更にふくらはぎに血圧を測る時のラップの巨大版みたいなものを
巻きつけ、スイッチを入れると左右交互にマッサージをしてくれます。
血栓防止でしょうね。

と、不意にお手洗いに行きたくなり、そばの看護師さんに伝えると
点滴のバッグを持ってくれて、ついて来なさいと案内された。
日本でよくある点滴をぶら下げて持って歩けるアレはないようです。

一応トイレの個室内には点滴袋を下げるフックがついていたのでそこに
ひっかけておけます。で、帰りは誰もサポートがいなかったので自分で持って
歩いていたら数人いた看護師さんが慌てて走り寄ってきます。

なんと、お尻全開(笑)
点滴袋の高さを維持することに気を取られて術衣を掴んでおくのを
忘れていました。胸はOKでもお尻の谷間を他人に見せることはダメらしい。




そこからまたしばらく時間があり、暇つぶしに持ってきていた
メキシコの本でスペイン語の勉強をTomoとしていたけれど
たぶん私よりドキドキしていたんだと思う。

と、「やぁ、こんにちは、気分はどうだい?リチャードだよ」と
Marron5のアダム似の執刀医が手術部位の確認にいらした。
「君が痛いのはどっち側?」左です。
そう答えると、右を下にして横なるよう言われ、先生が何やら
マジックで手術部位に印をつけ、サインをしているようだった。
ま、マジックで書いちゃうんだね。




間もなく手術室へ連れて行ってくれる看護師さんがやって来てそのベッドのまま
運ばれていきました。途中何か会話したような気がするけれど、
この頃には麻酔も効き始めていて、私の記憶は手術室が思ったより
簡易的で小さいなというところで途切れた。




ふと目が覚めた。
さっきと違う部屋だな〜

「おーい!手術終わったよ〜」
ん?終わったの?
ボンヤリする頭で見渡すと心配そうなTomoがいた、ホッとした。 

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↑手術室から回復室へ戻ってきた私、まだ覚めてません。

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 ↑術衣の滑り止め付き靴下、これは記念にもらえます。 

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↑患者のデータはすべて二次元バーコード、名前すら書いていません。 

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↑目が覚め、痛み止めを飲むためにクッキーを食べさせられた。 
実はこの時まだちゃんと覚めていません。
異常に喉が渇く感じがして水をもらった記憶はありますが、
この後更に大きなカップでゴクゴク噎せながら飲んでいたらしい。

で、ビスケットは塩付きかなしかどっちがいいかと聞かれたけど
まだボォーっとしていて話すことができなかったんだけど
そしたら甘いのを持ってきてくれた。
これも噎せてしまいうまく食べられなかった記憶はなんとなくある。

しかし、このどれも全麻が覚めてないのに与えると肺に入ったりして
良くないのにね、米人は痛みに弱いのか?鎮痛剤を飲ませることを
優先するようです。




たぶん気管内挿管したせいで喉が痛かったのを喉が渇いてるのと
勘違いしていたんじゃないかと今は思うんだけど、ゴクゴク飲んだせいで
またお手洗いに行きたくなった。

で、自分で歩いて行こうとしたら足元がふらついて看護師さんが
手伝ってくれた。で、用が終わったらこのボタンを押してねと言われたので
押したのだが誰も来る気配がない。

またフラフラと個室を出たら、目の前に車椅子が置かれていた。

ん?これに座って待ってればいいの?

まだ朦朧とする頭ではどうすればいいのか考えられず、ひとまず座ってみた。


誰も来ない(笑)


エクスキューズ ミー!
と、声を発したものの声になっていないらしく誰も振り返ってくれない。
諦めてトイレを眺めながらウトウトしていると、一人の看護師さんが
来てくれた。「ベッドに戻りたいの?」ウンウンと頷くのが精一杯だった。

ベッドに戻してもらい、Tomoが車を取りに行っていることを聞いた。

そういえば回復室に戻ってきた時に「今日帰るの?」と看護師さんに聞かれた。
私たちは日帰り手術と聞いていたんだけれど、この時に泊まりたいと言えば
一泊して、翌朝から術後の生活の仕方などをフィジカルトレイナーさんから
受けられたそうだ。

しかも下に落ちた物を拾うマジックハンド的な物や、ふくらはぎの血流を
促すポンプなどあれこれ備品をもらえたらしい。

そんなアメリカの病院事情を何も知らない私はこのまだ全身麻酔が
覚めていない状態で、今後の生活の仕方も何も知らされていないまま帰宅し
大変な2週間を過ごすこととなる。


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